伊稚斜 単于(いちしゃ ぜんう、? - 紀元前114年、在位:紀元前126年 - 紀元前114年)は、前漢期の匈奴の単于。「いようさぜんう」とも読まれる。
老上単于の末子として生まれ、左谷蠡王に封じられる。兄の軍臣単于の死後に甥の於単(于単)を退け紀元前126年には、単于に即位した。同年、代郡・雁門に侵入、翌紀元前125年には代郡・定襄・上郡の各地方に侵攻した。しかし紀元前124年、衛青の北伐により右賢王が敗れ、翌年にも衛青の攻撃を受けている。紀元前121年、霍去病による春夏2度の攻撃を受けて連敗し、秋に渾邪王や休屠王が漢に降伏して、河西回廊を失っている。紀元前120年、霍去病の軍がゴビ砂漠を越えて進撃して来たため、包囲を突破して逃走するなど匈奴の弱体化が顕著となり、その治世の後半は漢と匈奴の立場が逆転した時期とも言える。
子女 [編集]
子 [編集]
烏維単于
呴犁湖単于
且鞮侯単于
孫 [編集]
烏師盧単于(烏維単于の世子)
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